ミハイルロストフツェフ(その他表記)Michael Ivanovich Rostovtzeff

20世紀西洋人名事典 「ミハイルロストフツェフ」の解説

ミハイル ロストフツェフ
Michael Ivanovich Rostovtzeff


1870.11.10 - 1952.10.20
ソ連の西洋古代史学者。
元・エール大学教授。
キエフ近郊生まれ。
1903年ペテルブルグ大学教授となり、’17年十月革命が起こると、’18年イギリスを経て渡米。’20〜25年ウィスコンシン大学、、’25〜44年エール大学各教授、また同大学考古学研究主任を歴任。’39年名誉教授となる。著書に「ヘレニズム世界社会経済史」(’41年)があり、その他に「南ロシアにおけるイラン人ギリシア人」(’22年)、邦訳版がある「隊商都市」(’31年)など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「ミハイルロストフツェフ」の解説

ミハイル ロストフツェフ

生年月日:1870年11月10日
ロシアの考古学者,歴史学者
1952年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む