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北洋漁業 ほくようぎょぎょうNorth Pacific Ocean fishery

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北洋漁業
ほくようぎょぎょう
North Pacific Ocean fishery

北太平洋のうち特にカムチャツカ水域,ベーリング海オホーツク海などを含む海域で行われる漁業。遠洋漁業の1種。種類は母船式サケ・マス漁業,母船式底引網漁業,トロール漁業,延縄,刺網など多様で,魚種はサケ,マス,スケトウダラ,ニシンなどがおもなものである。沿岸諸国の 200カイリ規制,特に 1976~77年にソ連,アメリカが相次いで漁業専管水域を設定したことにより,多くの国際条約が締結され,漁獲高は毎年沿岸国により協議決定される。代表的なものには日ソ漁業協定 (スケトウダラ,カレイなどの年間総漁獲量が割当てられる) ,日米漁業協定 (東部ベーリング海のスケトウダラの漁獲量,アラスカ湾のメヌケ,ギンダラなどの年間総漁獲量が割当てられる) などがあり,漁船の操業許可なども決められ,漁獲量や漁場などに大きな制約を受けることとなり,日本の北洋漁業船団は大幅減船を強られている。現在遠洋漁業は南方海域をおもな拠点として操業している。

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デジタル大辞泉の解説

ほくよう‐ぎょぎょう〔ホクヤウギヨゲフ〕【北洋漁業】

オホーツク海ベーリング海などの北太平洋海域で操業する漁業。母船式サケマス漁業・母船式カニ漁業・母船式底引き網漁業など。

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百科事典マイペディアの解説

北洋漁業【ほくようぎょぎょう】

日本の漁船がオホーツク海,ベーリング海からアラスカ湾を含む北太平洋北部で操業する漁業。大正期ころからカニ工船漁業,サケ・マス沖取り漁業が盛んになり,これらに千島樺太(からふと)などの沿岸漁業も含めて北洋漁業と総称するようになった。
→関連項目サケ・マス漁業サケ・マス母船水産会社日米漁業交渉日露漁業交渉

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世界大百科事典 第2版の解説

ほくようぎょぎょう【北洋漁業】

北洋漁業という語は,現在では普通に使われているが,この〈北洋〉の定義は明確でない。広義には北太平洋ということになるが,これでは漠然としすぎる。緯度による定義(例えば北緯50゜以北),海水の塩分濃度による定義(34‰の線以北)などの提案もある。しかし,一般に日本の北の海という意味で使われることが最も多い。そこで,北海道北端をとって,北緯45゜以北と定義するのが妥当なところであろう。オホーツク海,ベーリング海からアラスカ湾を含む北太平洋北部である。

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大辞林 第三版の解説

ほくようぎょぎょう【北洋漁業】

北部太平洋で行う各種の漁業。オホーツク海・ベーリング海などの母船式サケマス漁業・母船式カニ漁業・北洋トロールなど。
第二次大戦前、千島・樺太からふと・カムチャツカ方面で行われた漁業の総称。北方漁業。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北洋漁業
ほくようぎょぎょう

北緯45度以北の太平洋、ベーリング海、オホーツク海などの北洋海域で操業される漁業の総称である。日露戦争終了後の1907年(明治40)日露漁業協約が締結され、沿海州(現沿海地方)、カムチャツカ沿岸において邦人によるサケ・マス定置網を主としたいわゆる露領漁業が本格的に開始されたのが北洋漁業の始まりであった。大正後期には母船式カニ漁業、昭和初期から母船式サケ・マス漁業、北千島サケ・マス流し網漁業が加わり、第二次世界大戦時まで広範な発展を示した。戦中・戦後は中断していたが、1952年(昭和27)に再開され、母船式サケ・マス、基地独航サケ・マス流し網、母船式カニ、母船式底引網、北方トロール、母船式捕鯨などが操業されることとなった。しかし、52年日米加漁業条約の締結によって、日本は「自発的抑止」という名目のもとに、西経175度以東の北太平洋海域でのオヒョウ、ニシン、サケの漁獲権を放棄させられ、56年には日ソ漁業条約の締結によって、北洋海域でのサケ・マス、カニの漁獲量が規制されるなど、一定の制約の下での発展であった。かくて、60年代以降は条約規制のないタラ・カレイ類を漁獲対象とする底引網・トロール漁業、東経170度以西のニシン沖刺網などを主体に漁獲努力が進展した。とくに、かまぼこ原料としてスケトウダラすり身が技術開発され、その需要が拡大したことにより、スケトウダラの漁獲が急激に増加し、70年代初期には300万トンに達し、日本漁業生産量全体の3分の1を占める状態となった。
 1977年から200海里漁業水域が設定され、沿岸国が排他的管轄権を行使するようになると、北洋漁業の生産条件は大変革を余儀なくされることになった。すなわち、北洋海域がほとんどロシア・アメリカ両国の200海里漁業水域に囲い込まれたことにより、北洋漁業は外国200海里水域への入漁という形になり、新たな漁業外交を必要とするに至った。ロシアとの関係は、1984年の日ソ地先沖合漁業協定によって、相互に相手国200海里水域へ入漁し、その具体的な漁場、魚種、漁獲量などを毎年交渉によって取り決める方式となった。ただし、サケ・マスについては、資源保護の立場から沖取漁業について両国全海域にわたり漁獲量割当制とする従来の方式が継続されるとともに、ロシア海域への入漁代償として漁業協力費を別途ロシアへ支払うことになった。アメリカ200海里水域では、日米漁業協定によって、毎年、漁場、魚種、漁獲量の割当てが決定され、一定の入漁料を支払って入漁する方式となった。しかし、アメリカ・ロシア両国とも日本に対する漁獲規制は年々厳しくなり、入漁料・協力費も増額されるとともに漁獲物の洋上買付け(合弁事業方式)を要請されるなど展望のみえない状態が続いた。
 そして、アメリカの自国漁業振興を優先する自国化政策のもと1988年以降、ついにアメリカの200海里水域内での日本の漁獲割当てはゼロとなり、またアメリカ漁船の水揚げを洋上で買い上げる漁獲物確保も1991年で終了した。サケ・マスの沖取り漁業については、母川国主義(遡河(そか)性魚種は、産卵のために回帰する母なる河川を有する国に帰属する)の国際的合意により、1992年以降操業は全面停止、北太平洋の公海域で行われてきた大型イカ流し網漁業もほかの生物の生存に影響を及ぼす漁法の禁止ということから1992年の操業で終了した。2001年(平成13)現在、北洋漁業は日本とロシアの取り決めと協議により、入漁料や協力費を負担しつつスケトウダラ、カレイ類などの底魚(そこうお)やサケ・マスなどを中心として細々と続けられている。[中井 昭・廣吉勝治]
『近藤康男編『北洋漁業の経済構造』(1962・御茶の水書房) ▽青木久著『危機に立つ北洋漁業』(1977・三省堂) ▽中井昭著『北洋漁業の構造変化』(1988・成山堂書店)』

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