ムハマディヤ(その他表記)Muhammadiyah

改訂新版 世界大百科事典 「ムハマディヤ」の意味・わかりやすい解説

ムハマディヤ
Muhammadiyah

1912年に結成されたインドネシアのイスラム改革をめざす社会団体。以来,今日に至るまで,イスラム社会の近代化を推進する団体として各種の活動を続けている。団体の創設者は,ダッフランというジョクジャカルタ王家の宗教役人であったが,その後ファフルディンが指導して,ジャワ北岸の都市のイスラム商人や西スマトラの各地に支持者を得,〈パン・イスラム主義〉と呼応して拡大した。狭義の宗教学校に加えて,一般教育のための教育機関,孤児院,診療所を開設するなど,〈コーランの教えにしたがって〉各種の社会運動を展開した。またこの動きに対抗して,1926年末には,伝統的な宗教塾(プサントレン)を主宰する宗教教師がナフダトゥル・ウラマを結成した。ムハマディヤは,直接に政治活動を行うことはなかったが,独立後はマシュミ党系の支持母体,現在はPPP(開発統一党)の支持母体の一つ。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のムハマディヤの言及

【マシュミ党】より

…日本軍政下の1943年11月,イスラム諸勢力を結集したインドネシア・イスラム協議会(マシュミMasyumiはこの協議会の略称)として設立され,独立後の45年11月,ジョクジャカルタにおいてイスラム系の政党として結成された。この政党は,イスラム近代派(植民地時代のイスラム系の諸政党やイスラム系社会団体ムハマディヤの系列)と,東ジャワを中心とする伝統的イスラム派の双方を含んでいたが,52年に後者は分裂してナフダトゥル・ウラマを結成した。マシュミ党は,西ジャワ,スマトラ,スラウェシに勢力をもち,55年の第1回総選挙では国民党に次ぐ得票数を獲得したが,60年9月,スマトラ反乱に荷担したかどで大統領命令により解散させられた。…

※「ムハマディヤ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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