リウドルフィング家(読み)リウドルフィングけ(英語表記)Liudolfinger

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「リウドルフィング家」の意味・わかりやすい解説

リウドルフィング家
リウドルフィングけ
Liudolfinger

フランク民族の有力貴族。9世紀後半から 10世紀初頭のフランクの混乱時代に,ノルマンマジャール,スラブの侵入と戦った地方貴族は,土着した部族基盤として部族の指揮者として台頭したが,その最も強力なのがザクセン部族のリウドルフィング家で,ここからドイツ国王ハインリヒ1世オットー1世 (大帝)親子らが出た (→ザクセン朝 ) 。

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世界大百科事典(旧版)内のリウドルフィング家の言及

【ザクセン】より


[ザクセン大公領Herzogtum Sachsen]
 フランク王権が分裂,弱体化した9世紀後半以降,東フランク王国では諸部族の自立性が強まってゆく。ザクセンも東からのスラブ人の圧力,北からのノルマン人(北ゲルマン人)の侵入に対し自力で対抗せざるをえなかったが,その際,指導者としての頭角を徐々にあらわし,ついに部族全体に対する大公dux(ドイツ語ではヘルツォークHerzog)の地位を築くのに成功したのがオストファーレンに勢力をはるリウドルフィング(リウドルフ)家Liudolfingerであった。しかも同家のハインリヒ1世は,919年,コンラート1世の後をうけ,フランク族以外の出身者としてはじめてドイツ王位につく。…

【ザクセン朝】より

オットー1世(在位936‐973),オットー2世(在位973‐983),オットー3世(在位983‐1002)と直系相続で続き,次いでハインリヒ1世の曾孫ハインリヒ2世(在位1002‐24)が継ぎ,その死後ザリエル朝に替わった。 王家の祖先は東部ザクセンの豪族リウドルフLiudolf(866没)で,正しくはリウドルフィング家Liudolfingerと呼ばれる。スラブ人,デーン人に対する国土防衛により権力の基礎を固め,その子オットーOtto(912没)はザクセン大公を称した。…

※「リウドルフィング家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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