知恵蔵 の解説
リバース・イノベーション
イノベーションに関するこれまでの一般的な認識としては、技術革新などは最初に先進国で生み出されると考えられてきた。その革新が陳腐化したり廉価版が派生したりすることで、経済基盤の薄弱な新興国の市場で受け入れられるという、上流から下流への流れが想定されていた。すなわち、新興国はイノベーションにとって市場ではなく、その成果物を製造する工場に過ぎないという認識に立つものだ。先進国で普及した高品質な製品は、その価格の高さが新興国の一般的な消費者にとっては受け入れがたい。それゆえ新興国では、品質や機能を必要最低限に絞った低価格のローエンド製品を投入するというのが、これまでのグローバル戦略であった。
しかし先進国企業からすると、ローエンド廉価版を市場に投入することは、高性能・高価格で収益性も高いハイエンド製品と競合し、売上拡大の足かせになるとも考えられる。こうしたことから先進国企業は、突出した高性能・高機能なハイエンド製品開発にばかり傾注し、新興国市場では消極策に流れ、手をこまねいていたのが実情だ。
これに対して、新興国の企業は自国の市場にマッチした製品を開発・販売し始める。その製品は安価であっても必要十分な機能を備え、電力事情が不安定な地域でも安定稼働できたり、持ち運びに適していたり、知識が乏しい者にも運用できるという特色を備える。こうした新興国の実情と要求に応える商品は、先進国市場においても価格に限らず、新たな視点に立った機能や特色が受け入れられ、先進国の先行する商品を脅かすに至っている。
このような状況について、先進国企業の「高性能化を目指す」などの緩慢な持続的イノベーションでは、新興国の破壊的なイノベーションに対抗できないとしたのが、クレイトン・クリステンセン博士の「イノベーションのジレンマ」という理論である。これに対して、先進国企業が、新興国に開発拠点を築くなどして積極的にイノベーションを起こして新興国市場を攻略し、その力で本国などでも優位性を確保しようとするのがリバース・イノベーションの考え方である。
リバース・イノベーションの成功例としては、米国ゼネラル・エレクトリック社(GE)のインドでの経験が挙げられる。同社はインドに医療機器の開発・生産拠点を構えて、インド市場向けに極めて安価な心電図検査セットを開発した。それが安価であるのみならず、軽量・コンパクトで十分な性能を有していたことから、中国や欧州などでも好評を博すヒット商品となった。これらをまとめ検討した論文がタック・スクール・オブ・ビジネス(米ダートマス大経営学大学院)国際経営論の教員、ビジャイ・ゴビンダラジャンらによって発表され話題となった。日本の電器・電子メーカーなども、新興国企業の猛追を受けて厳しい経営を強いられていることなどから、日本でもこの考え方に関心が高まっている。
(金谷俊秀 ライター/2015年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報