アレイオス・パゴス会議(読み)あれいおすぱごすかいぎ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アレイオス・パゴス会議
あれいおすぱごすかいぎ

古代アテネの評議会の一つ。アレイオス・パゴスAreios pagosという名称は、アクロポリス西方の「アレスの丘」で会議を開いたことに由来する。紀元前6世紀以前については確認を欠くが、王政期に起源を求める見解もある。貴族政期にはその議員は終身制で、高官職を経た者が就官し、役人団の監督指導、謀殺の流血裁判など、国政運営と法秩序維持に重要な役割を演じたらしい。ソロンの改革、クレイステネスの改革によっても権限を縮小されることはなかったが、アテネ民主政が定着し始めると、同議会は「保守勢力の牙城(がじょう)」とみなされ、前462~前461年、キモンの政敵エフィアルテスによって役人監督権など政治的実権を大幅に剥奪(はくだつ)された。[馬場恵二]

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