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イタリア解放闘争 イタリアかいほうとうそうCombattimento della Resistenza Italiana

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イタリア解放闘争
イタリアかいほうとうそう
Combattimento della Resistenza Italiana

第2次世界大戦中にドイツおよびムッソリーニ軍に対し,イタリアの北部で結成された国民解放委員会のレジスタンス闘争。イタリアは 1943年9月に降伏後サレルノを境に南は連合軍,北はドイツ軍の占領下におかれた。その北部での闘争の中心は武装パルチザンで,旧軍人から成る部隊と活動家から成る部隊に分れ,ドイツやファシスト支配に対する闘争を進める一方,国王および P.バドリオ政権を否認し,新しい体制樹立を目指していた。しかし 44年3月ソ連がバドリオ政権を承認し,またモスクワから帰国した共産党の指導者 P.トリアッチがバドリオ政権への参加を表明したことはパルチザン闘争の中核をなしていた共産党や支持者に衝撃を与えた。解放闘争はミラノを中心とする北イタリアで最も激しく,またそれだけにドイツやファシスト軍の弾圧も過酷で犠牲者も多かった。武装パルチザンは 44年6月統一され,旧軍人と活動家の合流,諸政党の協力が進んだが,北上する米英連合軍は,解放勢力が社会変革を目指していたためあまり協力的ではなかった。 45年4月北イタリアで,一斉に蜂起し,ドイツ軍およびファシスト勢力を自力で一掃,4月 25日 B.ムッソリーニを捕え,処刑した。 20ヵ月の解放闘争で参加者 25万のうち戦死者は3万 5000人をこえ,虐殺された市民は1万人にも達した。

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