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クリアンサク・チャマナン クリアンサク・チャマナンKriangsak Chamanan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クリアンサク・チャマナン
Kriangsak Chamanan

[生]1917.12. サムットサーコン
[没]2003.12.23. バンコク
タイの軍人政治家。首相(在任 1977~80)。地方官吏の家に生まれ,陸軍士官学校,陸軍幕僚大学を卒業して,アメリカ陸軍幕僚大学に留学。その後,アメリカ合衆国政府との渉外担当を経験し,朝鮮戦争ではタイ派遣軍司令官として活躍した。1976年3月のクーデター未遂事件の際,国軍参謀課長であったクリアンサクは軍の主導権を掌握,同 1976年10月軍事クーデターを成功させた。さらに 1977年10月国軍最高司令官に就任すると,タニン・クライビチエン首相を追放して首相を兼任。1978年10月には新憲法を制定して「タイ式半民主主義」を確立した。外交政策では,日本,アメリカ,イギリスから資金援助をとりつける一方でソビエト連邦からも東南アジア諸国連合 ASEANとの協力を引き出すなど,東西両陣営と協調関係を築き上げることに成功した。しかし,1980年2月公共料金の引き上げ実施で国内の強い反発を受けて首相を辞任。その後,国家民主党を結成して議員活動を続けたが,1985年9月に反乱容疑で逮捕された。翌 1986年に釈放された。

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