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グラナダ王国 グラナダおうこくKingdom of Granada

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グラナダ王国
グラナダおうこく
Kingdom of Granada

中世スペインにおけるナスル朝支配のイスラム王国。 13世紀初頭に始り約 250年間続いた。アラブ人ナスル族出身のムハンマド1世 (在位 1232~73) により開国,グラナダを首府とし,現在のグラナダ,マラガ,アルメリア地方を支配した。アルハンブラ宮殿は彼が着工しムハンマド5世 (在位 1354~59,62~91) のときに完成。キリスト教徒の国土回復運動が発展し 1236年コルドバを占領するにいたると,イスラム勢力はグラナダにより代表されることになり,国土回復運動の圧力が集中するようになった。 46年ムハンマド1世はカスティリアを宗主国と認めたが,グラナダの歴史は絶えずカスティリアとの紛争と有力貴族の政治紛争に悩まされながら,他方でモロッコからの政治的支持と軍事的援助を期待している状態であった。 1481年からカトリック夫婦王 (イサベル1世,フェルナンド2世) との 10年にわたるグラナダ戦争を始めて,92年1月,ついにグラナダはスペイン・キリスト教徒によって陥落させられた。

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百科事典マイペディアの解説

グラナダ王国【グラナダおうこく】

ナスル朝

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グラナダ王国
ぐらなだおうこく

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世界大百科事典内のグラナダ王国の言及

【ナスル朝】より

…1230‐1492年。首都名をとってグラナダ王国ともいう。カスティリャ王国に貢納しながら,北方のキリスト教徒と北アフリカのイスラム教徒(ムスリム)との力の均衡を保つという巧みな外交政策により独立を保った。…

※「グラナダ王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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