サレルノ医学校(読み)サレルノいがっこう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「サレルノ医学校」の意味・わかりやすい解説

サレルノ医学校
サレルノいがっこう

9世紀初めから 14世紀にかけてイタリアのサレルノにあった医学校。初期の状況は不詳であるが,ギリシア,ローマ,サラセン,ユダヤの諸民族がここに学び,同校出身者がヨーロッパ各地で活躍した。記録に残るサレルノ医学校は,12~13世紀にヨーロッパ各地に輩出した大学の前駆をなすとともに,西欧医学とアラビア医学東方の医学を結合せしめ,アラビアに継承されたギリシア医学を再びヨーロッパに回帰させ,近代医学の基盤を築いた。また,"Regimen sanitatis Salernitanum" (サレルノ養生訓) は,3520編の詩によって養生法を教えたもので,同校で用いた教科書の一つであるが,このなかの多くが各国語に訳され,後世まで一般の人々の間にも広く養生訓として用いられた。

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