ジャクソン(読み)じゃくそん(英語表記)Joseph Jefferson Jackson

  • 1889―1951

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アメリカのプロ野球選手(右投左打)。大リーグ(メジャー・リーグ)のフィラデルフィア・アスレチックス(現オークランド・アスレチックス)、クリーブランド・ナップス(1915年からクリーブランド・インディアンス)、シカゴ・ホワイトソックスで外野手としてプレー。はだしでプレーしたことから「シューレス・ジョー」とよばれた。ナップス時代に打率4割もマークしたが、「ブラックソックス事件」で永久追放となった悲運の天才打者である。
 7月16日、サウス・カロライナ州ブランドンミルズで生まれる。1908年、アスレチックスに入団。マイナー・リーグで首位打者となり、同年のうちに大リーグ初昇格を果たした。翌09年もマイナーで首位打者となって大リーグに昇格するが、両年とも大リーグでは5試合ずつしか出場チャンスを与えられなかった。1910年にナップスへトレードされ、傘下のマイナー球団でまたも首位打者を獲得。大リーグ昇格を果たして20試合に出場し、打率3割8分7厘を打ってレギュラーの座を確保した。フル出場1年目の1911年は4割8厘の高打率をマーク。翌12年は打率3割9分5厘、13年も打率3割7分3厘を記録し、強打者として知られるようになった。球団名がインディアンスとなった1915年のシーズン途中でホワイトソックスへトレードされ、17年ワールド・シリーズ優勝に貢献した。1919年もチームはリーグ優勝したが、有利といわれたシンシナティ・レッズとのワールド・シリーズで敗退。このシリーズでホワイトソックスの主力選手が八百長(やおちょう)を行っていたことが判明し「ブラックソックス事件」と騒がれた。1920年は通常通りにプレーしたが、21年にホワイトソックスの他の7選手とともに永久追放処分となった。なお、1989年に公開された映画『フィールド・オブ・ドリームス』には、「伝説の大リーガー」としてジャクソンが登場する。
 13年間の通算成績は、出場試合1332、安打1772、打率3割5分6厘、本塁打54、打点785。獲得したおもなタイトルは、最多安打2回。[山下 健]
『ドナルド・グロップマン著、小中陽太郎訳『ジョー・ジャクソン 折れた黒バット ジョー・ジャクソンとブラック・ソックス事件』(1984・ベースボール・マガジン社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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