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ハーンカー khānqā

世界大百科事典 第2版の解説

ハーンカー【khānqā】

イスラムにおけるスーフィーの修道場のこと。類似した施設であるリバートとともにスーフィーが共同生活をする比較的大規模な修道場である。リバートが主としてアラビア語地域に広まったのに対して,ハーンカーは,元来の発祥地がイランであり,イラン,インドなどのイスラム世界の東部の諸地域に広まった。シリア,エジプトなどの地域にも,アイユーブ朝時代,マムルーク朝時代に一時的に広まった。【古林 清一】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

世界大百科事典内のハーンカーの言及

【イスラム美術】より

…(2)マドラサ ウラマー育成の高等教育施設で,構造としては,中庭に面した各辺の中央に,教場や礼拝場として使われるイーワーンを設け,その間に階上・階下ともに学生が起居する個室が配置される。(3)修道場(リバートribāṭ,テッケtekke,ハーンカーkhānqā,ザーウィヤzāwiya) 呼称はさまざまであるが,いずれもスーフィー(神秘主義者)が称名などの修行を行う修道場のことで,リバートは,元来は国境地帯につくられた砦をさした。建築的には,マドラサや下記のキャラバンサライと同様な構成をとる。…

【スーフィー】より

…初期のスーフィーは個人の活動として宗教活動に従事していたが,やがて集団的活動をするようになった。スーフィーたちは修道場で集団生活を行うのであるが,この修道場がリバートribāṭとかハーンカーkhānqāとかザーウィヤzāwiyaと呼ばれているものである。この修道場で神との合一という目標を追求するが,その際に行われる宗教的勤行がジクルとかサマーの名で呼ばれているものである。…

【イスラム美術】より

…(2)マドラサ ウラマー育成の高等教育施設で,構造としては,中庭に面した各辺の中央に,教場や礼拝場として使われるイーワーンを設け,その間に階上・階下ともに学生が起居する個室が配置される。(3)修道場(リバートribāṭ,テッケtekke,ハーンカーkhānqā,ザーウィヤzāwiya) 呼称はさまざまであるが,いずれもスーフィー(神秘主義者)が称名などの修行を行う修道場のことで,リバートは,元来は国境地帯につくられた砦をさした。建築的には,マドラサや下記のキャラバンサライと同様な構成をとる。…

【スーフィー】より

…初期のスーフィーは個人の活動として宗教活動に従事していたが,やがて集団的活動をするようになった。スーフィーたちは修道場で集団生活を行うのであるが,この修道場がリバートribāṭとかハーンカーkhānqāとかザーウィヤzāwiyaと呼ばれているものである。この修道場で神との合一という目標を追求するが,その際に行われる宗教的勤行がジクルとかサマーの名で呼ばれているものである。…

【ダマスクス】より

…ウラマーの名家に生まれたイブン・アサーキルは,ヌール・アッディーンの庇護を得て大著《ダマスクス史》を完成し,神秘家イブン・アルアラビーは晩年の約20年をこの町に過ごして《メッカ啓示》その他を著した。11世紀以後,神秘主義思想の流行につれて修道場(ハーンカー,ザーウィヤ)の数はしだいに増大し,マムルーク朝時代のダマスクスには78(うち二つは女性用)の修道場があったと伝えられる。イブン・タイミーヤはこのような神秘主義思想を信仰の堕落であると批判し,ダマスクスを中心に激しい思想闘争を展開した。…

【タリーカ】より

…イスラム世界の中心部のエジプトでも13世紀ころから15世紀ころにかけて,シャージリー教団,アフマディー教団などが有力となった。都市をはじめ地方の町や村にも,スーフィーや教団の集団的修行のためのザーウィヤ,テッケハーンカーリバートなどと呼ばれる修道場がさかんにつくられた。15世紀ころから18世紀ころにかけてがタリーカの活動の最盛期であり,タリーカの創立者であるスーフィーの聖者に対する民衆の崇拝が一段と進み,タリーカと民衆宗教との結合が進んだ。…

※「ハーンカー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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