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パルラー家 パルラーけ

世界大百科事典 第2版の解説

パルラーけ【パルラー家】

14世紀ドイツの建築家一族。ケルン,シュウェービッシュ・グミュントSchwäbisch Gmünd,ウルム,レーゲンスブルク,プラハ,フライブルク,ニュルンベルク等で活躍し,当時のドイツの建築・彫刻に大きな影響を与えた。一族の最初ハインリヒ・フォン・グミュントHeinrich von Gmünd(生没年不詳)は,ドイツ末期ゴシック建築のはじまりをしるすシュウェービッシュ・グミュントの聖十字架教会(ハイリヒクロイツキルヘ)の等高式内陣(1351着工)を造営した。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のパルラー家の言及

【ドイツ美術】より

…しかしシュトラスブルク(1235ころ起工)やケルン(1248起工)のように北フランスのサン・ドニ修道院やアミアン大聖堂の影響を直接受けるのはむしろ例外に近く,多くはマールブルクのエリーザベト教会(1283献堂)やトリールの聖母教会(1243献堂)にみるように,ゴシックの要素を用いながらも,ドイツ固有の広い堂内空間の創出へ向かう。なかでも身廊と側廊とを同じ高さにしたエリーザベト教会のハレンキルヘ形式は,以後のドイツ・ゴシック教会堂建築の主流となって,ことに14,15世紀のパルラー家の手になるシュウェービッシュ・グミュントの聖十字架教会(1351起工)やコリーンKolinのザンクト・バルトロメウス教会(内陣,1360‐85),シュテットハイマーH.Stetheimar(Stettheimer)によるランツフートのザンクト・マルティン教会(1392以前起工)へいたるドイツ特殊ゴシックの出発点となった。また11,12世紀以降ドイツ騎士修道会領として栄えた北ドイツでは,石材の少ないことから煉瓦建築が発達し,ハンザ都市の市民文化の興隆とあいまって広大な堂内空間をもつ建築群が成立した。…

【プラハ大聖堂】より

…1344年に着工し,85年には内陣が献堂された。工事の前半はフランスのアラス出身のマチューMathieu d’Arras(?‐1352),後半はドイツから招かれたペーター・パルラー(パルラー家)により,洗練されたフランス・ゴシック様式で完成を見た。南入口ほかの天井には,飛びリブを持つ繊細なボールトの構成が見られる。…

※「パルラー家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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