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フーフェラント Hufeland, Christoph Wilhelm

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フーフェラント
Hufeland, Christoph Wilhelm

[生]1762.8.12. ランゲンザルツァ
[没]1836.8.25. ベルリン
ドイツの医師。当時の最も有名な内科医であった。緒方洪庵が安政4 (1857) ~文久1 (61) 年に訳した『扶氏経験遺訓』 30巻の原著"Enchiridion Medicum" (36) の著者。また同じ頃,青木周弼の訳した『察病亀鑑』,山本美致が訳した『扶氏診断』は,彼の診断学を日本に紹介したものである。イェナゲッティンゲン両大学で医学を学び,ワイマール公夫人の侍医であった父のもとで開業。ゲーテ,J.シラーらを患者にもち,「ゲーテ家の会」の講演が好評で,1793年にイェナ大学教授。 1801年プロイセン宮廷医兼シャリテー病院長としてベルリンへ赴任。 10年のベルリン大学創立に努力し,初代内科学教授。種痘の普及にも努めた。 33年7月 24日全プロイセン医師の記念寄金によってフーフェラント慈善財団が設立された。

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世界大百科事典 第2版の解説

フーフェラント【Christoph Wilhelm Hufeland】

1762‐1836
ドイツの内科学者,宮廷医。その著書が日本に伝えられ,医学,医倫理の面で影響を与えた。バート・ランゲンザルツァに生まれ,イェーナ,ゲッティンゲンの両大学で学び,イェーナ大学教授,プロイセン宮廷医兼シャリテ病院医長,ベルリン大学教授などを歴任し,内科および外科学会を創始した。ゲーテ,シラーらを患者にもち,ジェンナー種痘法をドイツに入れ,チフスの予防に尽くし,研究は統計学に及んだ。ベルリン学派の雄として医学,医学教育の指導的立場にあり,その著《Encheiridon medicum》は日本でも青木周弼,緒方洪庵,杉田成卿により,それぞれ,《察病亀鑑》《扶氏経験遺訓》《医戒》という邦題で抄訳された。

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大辞林 第三版の解説

フーフェラント【Christoph Wilhelm Hufeland】

1762~1836) ドイツの医師。その著「医学全書」は緒方洪庵が抄訳して「扶氏経験遺訓」として出版、幕末の医学に大きな影響を与えた。

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367日誕生日大事典の解説

フーフェラント

生年月日:1762年8月12日
ドイツの医師
1836年没

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