コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ボンガヤ条約 ボンガヤじょうやく Treaty of Bongaya

1件 の用語解説(ボンガヤ条約の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボンガヤ条約
ボンガヤじょうやく
Treaty of Bongaya

オランダ東インド会社スラウェシ島マカッサルを中心とするゴワ王国を制圧し,1667年 11月国王ハッサン・ウディンと結んだ条約。これによりインドネシア東部にオランダの勢力が確立された。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のボンガヤ条約の言及

【ウジュン・パンダン】より

…17世紀以前には付近にボニ,ワジョなどの小国があったが,のちウジュン・パンダンを中心とするゴワ王国に併合され,17世紀初めに王国はスラウェシ南西部に覇権を確立した。このためポルトガル,イギリス,さらにオランダの侵入を受け,スルタン・ハサヌッディンの治世にオランダ遠征軍に敗れ,ボンガヤ条約(1667)でオランダの保護下に入った。これはオランダにインドネシア東部の完全支配の基礎を与え,以来ゴワ王国は衰退した。…

【オランダ領東インド】より

…会社は次第に商業利潤から領土獲得へと方向を転じ,18世紀前半に3回起こった同国の内紛の度ごとに領土を拡張して,ついに1755年,マタラム王国をスラカルタとジョクジャカルタとに二分する調停案を示し,これを実施させてジャワ島の大半を直接支配下においた。またジャワ以外では1641年にマレー半島の良港マラッカをポルトガルから奪い,67年にマカッサル王国(ゴワ王国)との間に結んだボンガヤ条約により,インドネシア東部の海域における優位を確立した。 領土拡張と共に新しい商業用作物が相次いで導入され,なかでも1699年にジャワに移植されたコーヒー苗はバタビア周辺やプリアンガン地方で盛んに栽培された。…

※「ボンガヤ条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ボンガヤ条約の関連キーワードイギリス東インド会社ウジュンパンダンオランダ東インド会社クンダリスラウェシ島ホールンマカッサル印度尼西亜エンクハイゼンミナハサ半島

今日のキーワード

信長協奏曲(コンツェルト)

石井あゆみによる漫画作品。戦国時代にタイムスリップした現代の高校生が病弱な織田信長の身代わりとして生きていく姿を描く。『ゲッサン』2009年第1号から連載開始。小学館ゲッサン少年サンデーコミックス既刊...

続きを読む

コトバンク for iPhone