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ボンガヤ条約 ボンガヤじょうやくTreaty of Bongaya

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボンガヤ条約
ボンガヤじょうやく
Treaty of Bongaya

オランダ東インド会社スラウェシ島マカッサルを中心とするゴワ王国を制圧し,1667年 11月国王ハッサン・ウディンと結んだ条約。これによりインドネシア東部にオランダの勢力が確立された。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典内のボンガヤ条約の言及

【ウジュン・パンダン】より

…17世紀以前には付近にボニ,ワジョなどの小国があったが,のちウジュン・パンダンを中心とするゴワ王国に併合され,17世紀初めに王国はスラウェシ南西部に覇権を確立した。このためポルトガル,イギリス,さらにオランダの侵入を受け,スルタン・ハサヌッディンの治世にオランダ遠征軍に敗れ,ボンガヤ条約(1667)でオランダの保護下に入った。これはオランダにインドネシア東部の完全支配の基礎を与え,以来ゴワ王国は衰退した。…

【オランダ領東インド】より

…会社は次第に商業利潤から領土獲得へと方向を転じ,18世紀前半に3回起こった同国の内紛の度ごとに領土を拡張して,ついに1755年,マタラム王国をスラカルタとジョクジャカルタとに二分する調停案を示し,これを実施させてジャワ島の大半を直接支配下においた。またジャワ以外では1641年にマレー半島の良港マラッカをポルトガルから奪い,67年にマカッサル王国(ゴワ王国)との間に結んだボンガヤ条約により,インドネシア東部の海域における優位を確立した。 領土拡張と共に新しい商業用作物が相次いで導入され,なかでも1699年にジャワに移植されたコーヒー苗はバタビア周辺やプリアンガン地方で盛んに栽培された。…

※「ボンガヤ条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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