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ラクタンティウス Caecilius Firmianus Lactantius

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大辞林 第三版の解説

ラクタンティウス【Caecilius Firmianus Lactantius】

250頃~317頃) 北アフリカ生まれの神学者。修辞学にたけ、キリスト教擁護の立場から哲学を論駁、異教哲学・ユダヤ教に対し真の宗教としてのキリスト教を提示した。著「神聖な教理」「迫害者の死について」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ラクタンティウス【Lucius Caelius(Caecilius) Firmianus Lactantius】

3世紀後半から4世紀初めのキリスト教神学者。生没年不詳。北アフリカヌミディア地方のシッカという小都市で異教徒の家庭に生まれ,修辞学の教育を受けて修辞学教師となった。しかし3世紀末にディオクレティアヌス帝の注目を受け,教師として帝都ニコメディアに招かれる。キリスト教への改宗はこの地でのことであり,およそ300年ころであったらしい。やがてキリスト教大迫害が勃発すると,不遇の生活の中で神学の著作に取り組んだ。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のラクタンティウスの言及

【キリスト教文学】より

…3世紀に激成された帝国の不安は4世紀にはいちじるしく進行して地方の分立が目だち,教義上の文献もラテン語によるのが通例となった。多くの教義的な著作を残したカルタゴの司教キプリアヌス,護教家として知られるミヌキウス・フェリクスMinucius Felix(3世紀初めころ),《神の教え》7巻のほか,殉教者列伝など多くの著述をもち,〈キリスト教のキケロ〉と呼ばれたラクタンティウスらは,この時代に属する。しかも以上の4人とも属州アフリカの出身であるのは注目に値する。…

【コンスタンティヌス[1世]】より

…この戦いに際して彼は中空にキリストの頭文字の組合せ(あるいは)の幻と,〈汝これにて勝て〉との文字を見たという。この,ラクタンティウス,エウセビオスの伝える挿話はしばしば彼のキリスト教への改宗の要因とされている。元老院から歓呼して迎えられたコンスタンティヌスは第一正帝たることを宣明し,東方のマクシミヌス・ダイアには彼が再開していたキリスト教徒迫害をやめるよう勧告した。…

【ラテン文学】より

…キリスト教未公認時代最大のキリスト教ラテン作家はテルトゥリアヌスであったが,後世に与えた影響はキプリアヌスの方が大きかった。313年のキリスト教公認を境に,4世紀から5世紀にかけて,《マタイによる福音書》を叙事詩にしたユウェンクスJuvencus,雄弁家ラクタンティウス,賛美歌作者で人文主義に反対した神秘主義者アンブロシウス,古代最大のキリスト教ラテン詩人プルデンティウスとその後継者ノラのパウリヌスなどが活躍したが,古代最大の2人のキリスト教作家も続いて現れた。一人は,全古典作家に精通した人文主義者である一方,聖書をラテン語に翻訳して,異教の伝統とキリスト教とを照応させたヒエロニムス,もう一人はヨーロッパ最初の自叙伝《告白》と,《神の国》などの著作で名高いアウグスティヌスである。…

※「ラクタンティウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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