日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘルメス文書」の意味・わかりやすい解説
ヘルメス文書
へるめすもんじょ
Hermetica ラテン語
紀元前3~後3世紀ごろ、エジプトのナイル沿岸都市で執筆された文書群。普通、導師ヘルメス神が教えを伝授する形式で構成されている。文書の相当部分は散失したが、伝存しているものによって教えの内容を分類すると、哲学、宗教、占星術、錬金術、魔術などとなる。全体として、ギリシア思想を土台としつつエジプト固有の要素も加味した、ギリシア語の文学であるといえる。架空の著者ヘルメス神は、ヘレニズム時代によくみられる混交宗教型の神で、ギリシア神話とエジプト神話を背景にことばや学問をつかさどる者とされる。しかし実際の著者は、たとえばエジプトのアレクサンドリアなどヘレニズム都市で知識階級をなしていた神官たちではなかったかと推定される。興味深いことに、古代キリスト教の指導者はしばしば、ヘルメスをモーセと同等の預言者とみなしたり、ヘルメス文書を援用したりしている。アウグスティヌスのように一定の警戒心を示した場合もあるにせよ、ヘルメス文書がヨーロッパ文化史のなかに流入して少なからぬ影響を及ぼし、ルネサンス期に大流行となったその遠源は、すでに古代にあったものと思われる。
[柴田 有]
『荒井献・柴田有訳『ヘルメス文書』(1980・朝日出版社)』▽『柴田有著『グノーシスと古代宇宙論』(1982・勁草書房)』▽『有田忠郎訳『ヘルメス叢書』(1977~79・白水社)』▽『清水純一著『ジョルダーノ・ブルーノの研究』(1970・創文社)』