一万市筋の銅剣遺跡(読み)いちまんいちのすじのどうけんいせき

日本歴史地名大系 「一万市筋の銅剣遺跡」の解説

一万市筋の銅剣遺跡
いちまんいちのすじのどうけんいせき

[現在地名]松山市道後今市

松山城の東北部の微高地の端、一万交差点の北約三〇〇メートルの所で、明治四二年(一九〇九)に平形銅剣一〇口(東京国立博物館蔵)が出土した。これらは瀬戸内海周辺地帯で、弥生中期末―弥生後期初頭に、おそらく農耕儀礼の祭式に儀器として用いられたものと考えられている。

一つの農耕共同体がたぶん一口を榊などに付けて祭に用いたものが、共同体の統合数に応じて多く集まり、祭の後にそれらを翌年まで地中埋納し地霊による新たな霊力を念じたのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 大部分 銅鐸 銅矛

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む