日本歴史地名大系 「一番ヶ瀬山村」の解説 一番ヶ瀬山村いちばんがせやまむら 佐賀県:神埼郡脊振村一番ヶ瀬山村[現在地名]脊振村大字服巻(はらまき)字一番(いちばん)ヶ瀬(せ)上(かみ)・一番(いちばん)ヶ瀬下(せしも)荒平(あらひら)山の南、城原(じようばる)川沿いの山間部に位置する。慶長一〇年(一六〇五)頃と推定される鍋島信昌直茂所領目録(杠家文書)に<資料は省略されています>とある。慶長絵図には「一番加瀬 高二百十五石二升六合八勺二才」とみえる。鳥羽院山(とばいんやま)村の善信(ぜんしん)寺(もと教信寺)の鐘銘によれば、一番ヶ瀬の地名は以前には一番合戦と書いた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by