七和二号窯跡(読み)ななわにごうようせき

日本歴史地名大系 「七和二号窯跡」の解説

七和二号窯跡
ななわにごうようせき

[現在地名]桑名市五反田 茨谷

員弁いなべ川の北岸一帯は、標高九〇メートルほどの台地がよく開析されて、谷地形をなしている。七和古窯跡群もこうした谷の一つで操業されたもので、付近の浸食谷の崖面には白色粘土が露呈している。七和古窯跡群では二基の古窯跡が確認されており、昭和四七年(一九七二)に二号窯の発掘調査が行われた。二号窯は標高五三―五六メートルの丘陵の南麓にあたる支谷の入口に築かれている。焚口から煙道部までは全長六・二メートルの半地下式の窖窯である。窯体の補修は三度行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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