日本歴史地名大系 「三ヶ尾村」の解説 三ヶ尾村さんがおむら 千葉県:野田市三ヶ尾村[現在地名]野田市上三(かみさん)ヶ尾(お)・下三(しもさん)ヶ尾(お)・西三(にしさん)ヶ尾(お)・二ッ塚(ふたつづか)、柏市上三(かみさん)ヶ尾飛地(おとびち)・下三(しもさん)ヶ尾飛地(おとびち)・西三(にしさん)ヶ尾飛地(おとびち)山崎(やまざき)村の東に位置する。東方瀬戸(せと)村との間には三ヶ尾沼が広がる。郷村帳類では一村として高付される場合が多かったが、実質的には南東部の上三ヶ尾村、その南西の下三ヶ尾村、その北の西三ヶ尾村、および最北部の新田村、二ッ塚村の四ヵ村に分れていた。中世には下河辺(しもこうべ)庄のうち。年未詳の金沢称名寺の寺用配分置文(金沢文庫文書)に「下川辺庄佐ケ尾郷」とある。これは当地のことと考えられ、金沢氏一族佐ヶ尾殿の所領で、称名寺に米五斗余・銭八〇六文を納入していた。天正二年(一五七四)一二月二日の古河公方足利義氏の料所目録(喜連川文書)には庄内河辺のうちとして三ヶ尾とみえ、芳春院松嶺が知行していた。上三ヶ尾には永享五年(一四三三)銘の、下三ヶ尾には永正六年(一五〇九)銘などの武蔵型板碑がある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by