三尾母村(読み)みおもむら

日本歴史地名大系 「三尾母村」の解説

三尾母村
みおもむら

[現在地名]耶馬渓町三尾母

檜原ひばる山の北麓を南東に流れる三尾母川山国やまくに川に合流する付近の散村。東は平田ひらた村、西は小友田おともだ村。小倉藩元和人畜改帳では高二四二石余、家数四九(うち百姓一一・名子一六・寺一)・人数一三七、牛一二・馬九と、名子の多いのが目立つ。元禄豊前国高帳では高一九一石余、ミオモと読みを付している。庄屋三尾母氏は篠島姓で、うまたけ(現福岡県行橋市)城主新田基氏の子孫という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む