平田(読み)ヒラタ

デジタル大辞泉 「平田」の意味・読み・例文・類語

ひらた【平田】[姓氏]

姓氏の一。
[補説]「平田」姓の人物
平田篤胤ひらたあつたね
平田銕胤ひらたかねたね
平田東助ひらたとうすけ
平田禿木ひらたとくぼく
平田靫負ひらたゆきえ

ひらた【平田】[地名]

島根県北東部、宍道しんじの北西にあった市。近世は木綿取引の市場町として発達、妻入り土蔵造りの町並みが残る。平成17年(2005)に簸川ひかわ郡4町とともに出雲市と合併。→出雲

ひらた【平田/×艜】

《「ひらだ」とも》「平田舟ひらたぶね」の略。

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精選版 日本国語大辞典 「平田」の意味・読み・例文・類語

ひら‐た【平田】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙
    1. 凹凸のない平坦な田の意か。
      1. [初出の実例]「是の後に日神の田(みた)、三処(みところ)有り。号(なつ)けて天安田(あまのやすた)・天(あま)の平田(ヒラタ)・天(あま)の邑并(むらあはせ)田と曰ふ」(出典:日本書紀(720)神代上(兼方本訓))
    2. 安定した耕作の可能な一般田地。
      1. [初出の実例]「其外平田損免之事者、国中引懸不其陰候」(出典:東寺百合文書‐フ・長祿四年(1460)九月二三日・若狭太良庄百姓申状)
  2. [ 2 ] 島根県出雲市の地名。旧市名。近世、宍道湖の水運により松江と結ばれ、雲州木綿の市場町として繁栄。昭和三〇年(一九五五)市制。平成一七年(二〇〇五)出雲市と合併。

ひらた【平田】

  1. 姓氏の一つ。

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日本歴史地名大系 「平田」の解説

平田
ひらた

[現在地名]平田市平田町・西平田町・灘分町など

宍道湖西岸、出雲平野北東端の平地を占め、北西方の一部は丘陵地。古くから宍道湖の湖上交通と、陸上交通や斐伊川流域の河川交通との結節点として発展した。

〔平田保〕

古代楯縫たてぬい沼田ぬた郷と玖潭くたみ郷の境界辺り、現平田市平田町を中心とする地域が開発されて、別符の保として新たに成立した中世的所領。建長元年(一二四九)六月日の杵築大社造営所注進状(北島家文書)に「平田保」とみえ、出雲郷(現東出雲町)馬来まき(現出雲市)などとともに流鏑馬一五番の第五番を勤仕していた。文永八年(一二七一)一一月日の杵築大社三月会相撲舞頭役結番帳には安来庄などとともに第一五番の舞を勤仕する「平田保十三丁二反半多胡三郎兵衛尉」がみえる。地頭の多胡三郎兵衛尉は出雲郷の多胡四郎入道や馬来郷の多胡左衛門尉と同族。承久の乱後に、新たに地頭職を得て当保に入部したものであろう。永仁六年(一二九八)七月日の惟宗頼直寄進状(鰐淵寺文書)によると、頼直は「平田保内一分方踏形二町内」の三段を、法華不断読誦料田として鰐淵がくえん寺に寄進している。当保と鰐淵寺は地理的に近いことから、同寺の料田や坊領が、保内に散在成立していたものと推定される。しかし、この後、広義の国衙領に由来する平田保という所領名は用いられなくなる。

〔通商拠点としての発展〕

「海東諸国紀」には、美保関みほのせき(現美保関町)と並んで平田がみえ、明代の一五七七年成立の「図書編」にも安来、宇龍うりゆう(現大社町)などと並んで平田が記されている。当地は室町期になると朝鮮や明にまで知られた港津に発展、宍道湖の湖上水運と、斐伊川の河川水運や陸路をつないで杵築大社(出雲大社)や雲南三郡を結ぶ通商路との結節点的な機能を果すようになっていた。そのため商人が集住する町場が形成されて、目代を代表者とする商人の結束も認められる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「平田」の意味・わかりやすい解説

平田(島根県)
ひらた

島根県東部にあった旧市名。現在は出雲(いずも)市の北部を占める地域。宍道(しんじ)湖の北岸と西岸に臨み、島根半島の中央部を占め、東部は松江市に接する。旧平田市は、1955年(昭和30)平田町と北浜、佐香(さか)の2村が合併して市制施行。1960年伊野村を編入。2005年(平成17)出雲市に合併。国道431号、一畑(いちばた)電車が湖岸沿いを走る。旧平田市の中心である平田地区は、かつては木綿取引の市場町として栄え、湖上交通によって松江と密接に結ばれていた。町中にみられる白壁の妻入り土蔵造の家々が当時の繁栄のあとを残している。明治中期以降の木綿産業の衰退と、大正初期に敷設された山陰線が宍道湖南岸を通ったことから、地域発展の基盤を失った。現在は在町(ざいまち)的機能が強い。宍道湖西岸に注ぐ斐伊(ひい)川北岸は出雲平野の一部で水田地帯、カキの栽培も盛ん、また北部の日本海沿岸では延縄(はえなわ)、底引網漁業のほか、ワカメアワビなどの養殖漁業が行われる。2000年には東部工業団地が完成した。天台宗の古刹(こさつ)鰐淵(がくえん)寺、眼病治癒の信仰の厚い一畑薬師があり、上島(あげしま)古墳、猪目洞窟(いのめどうくつ)遺物包含層は国の史跡に指定されている。7月20~22日、平田天満宮祭に、町内の店先に飾られる「一式(いっしき)飾り」は独得のものである。

[小松 聰]

『『平田市誌』(1969・平田市)』『『平田市大事典』(2000・平田市)』



平田(岐阜県)
ひらた

岐阜県南西部、海津郡にあった旧町名(平田町(ちょう))。現在は海津市の北東部を占める一地区。1955年(昭和30)今尾町の大部分と海西(かいさい)村が合併し、平田町と改称。町名は、宝暦(ほうれき)(1751~1764)の治水工事に尽くした薩摩(さつま)藩家老・総奉行(ぶぎょう)平田靫負(ゆきえ)の功労をしのんで命名された。2005年(平成17)海津町、南濃(なんのう)町と合併して市制施行、海津市となる。旧平田町の中心今尾は揖斐川(いびがわ)に沿っており、江戸時代には尾張(おわり)藩付家老竹越氏の陣屋町で、商店街が発達している。旧町域は高須輪中(たかすわじゅう)の北部にあたり、米の産地であるが、トマト、イチゴ、花木なども特産し、酪農も行われている。須脇(すわき)には商売繁盛の神お千代保稲荷(ちょぼいなり)が祀(まつ)られ、中京方面などからも参拝者が多く、門前町ができている。近年、今尾橋が揖斐川に架設され、養老町や大垣市方面への交通が便利になった。今尾の左義長(さぎちょう)は伝統の年中行事の一つで、県指定重要無形民俗文化財となっている。

[上島正徳]

『森義一著『平田町史』全2巻(1964・平田町)』


平田(山形県)
ひらた

山形県北西部、飽海郡(あくみぐん)にあった旧町名(平田町(まち))。現在は酒田市の東部にある地域。旧平田町は、1964年(昭和39)町制施行。2005年(平成17)八幡(やわた)、松山の2町とともに酒田市に合併。JR羽越本線、国道345号が通じる。東部は出羽山地が占める農山村で豪雪地帯。西部は最上(もがみ)川の右岸、庄内(しょうない)平野西縁にあたり水田地帯をなしている。8世紀に勧請(かんじょう)されたといわれる飛鳥神社(あすかじんじゃ)のある中心地の飛鳥や砂越(さごし)の一帯は近世は平田郷とよばれた。北西部には泉興野(いずみこうや)、桜林興野など興野(興屋)の字のつく集落が多いが、これらは戦国末期から近世初頭にかけて開かれた集落である。平田軽工業団地がつくられている。相沢川上流には名瀑として知られる十二滝がある。また山楯の大ケヤキ(やまだてのおおけやき)は県指定天然記念物。

[中川 重]

『『平田町史』(1971・平田町)』


平田(村)
ひらた

福島県中通り南部、石川郡にある村。1955年(昭和30)蓬田(よもぎだ)、小平(おだいら)の2村が合併して成立。国道49号、349号、あぶくま高原道路が通じる。阿武隈高地(あぶくまこうち)の南部にあり、蓬田岳(952メートル)や芝山(819メートル)などがそびえる。村域の大部分は山地で耕地は少ないが、水稲や葉タバコの栽培、和牛飼養が行われる。面積93.42平方キロメートル、人口5826(2020)。

[渡辺四郎]

『『平田村史』全5冊(1988~2002・平田村)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「平田」の意味・わかりやすい解説

平田
ひらた

島根県北東部,出雲市北東部の旧市域。島根半島の西部にあり,出雲平野北東部から北は日本海岸,東は宍道湖西岸に及ぶ。 1955年平田町,佐香村,北浜村が合体して市制。 1960年伊野村を編入。 2005年出雲市,佐田町,多伎町,湖陵町,大社町の1市4町と合体して出雲市となった。中心市街地の平田は近世からの市場町で,明治期前半までは雲州木綿の集散地。近年は縫製業,自動車部品工場などが立地。平野部では米作,果樹栽培,日本海に面する漁村では沿岸・養殖漁業が行なわれ,十六島海苔 (うっぷるいのり) は有名。史跡上島古墳,猪目洞窟遺物包含層があるほか,国の重要文化財を数多く所蔵する鰐淵寺,一畑薬師などがある。市域の一部は宍道湖北山県立自然公園に属する。

平田
ひらた

山形県北西部,酒田市南東部の旧町域。東部は出羽山地に属する山岳地帯であるが,西部は庄内平野東端に含まれる平坦地が開ける。 1954年田沢村,北俣村,南平田村が合体し平田村となる。 1964年町制施行。 2005年酒田市,八幡町,松山町と合体して酒田市となった。最上川の右岸にあり,庄内米の産地。野菜栽培のほか,豊富な山林資源をもとに林業が行なわれている。

平田
ひらた

岐阜県南西部,海津市北東部の旧町域。長良川揖斐川に囲まれた輪中地域にある。 1955年今尾町と海西村が合体して平田村が成立。 2005年海津町,南濃町と合体して海津市となった。中心集落の今尾はかつて城下町であった。米作を中心に野菜,果樹の施設栽培が行なわれる。

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百科事典マイペディア 「平田」の意味・わかりやすい解説

平田[市]【ひらた】

島根県北東部,島根半島西部を占める旧市。1955年市制。斐伊(ひい)川左岸にある中心市街は松江・出雲両市,大社町(現・出雲市)を結ぶ一畑電車が通じ,藩政時代雲州木綿の市が立ち,大集散地であった。近年はノリ,シジミ,アワビ養殖が行われ,輸送用機器,鉄鋼,電気機械などの工業が立地。富有柿を特産。鰐淵(がくえん)寺,一畑薬師がある。2005年3月簸川郡佐田町,多伎町,湖陵町,大社町と出雲市へ編入。142.05km2。2万9394人(2003)。

平田[町]【ひらた】

岐阜県南西部,海津(かいづ)郡の旧町。揖斐(いび)川の河港として発達した今尾が主集落で,南の海津町とともに揖斐・長良・木曾の3川に囲まれた高須輪中(わじゅう)を形成。米作を中心として,施設園芸,酪農も行う。お千代保稲荷は商家の信仰を集める。2005年3月海津郡海津町,南濃町と合併し市制,海津市となる。16.29km2。8637人(2003)。

平田[町]【ひらた】

山形県北西部,飽海(あくみ)郡の旧町。古くから農林業が盛んで,庄内米の産地。羽越(うえつ)本線が通じる。山地は森林が広い。十二滝がある。2005年11月飽海郡松山町,八幡町と酒田市へ編入。179.22km2。7304人(2003)。

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改訂新版 世界大百科事典 「平田」の意味・わかりやすい解説

平田[村] (ひらた)

福島県南東部,石川郡の村。人口6921(2010)。阿武隈高地南部を占め,いわき市と郡山市のほぼ中間に位置する。村域は標高300~600mの高原地帯にあり,総面積の60%以上は山林で占められ,村のほぼ中央部を西流する北須川と平田川の流域に耕地が散在する。典型的な山間農村で,就業人口の4割が農業に従事し,冬季の出稼ぎが多い。葉タバコ栽培を中心に米作,畜産が行われ,近年,野菜,花卉,花木の栽培も増加している。
執筆者:


平田(島根) (ひらた)


平田(山形) (ひらた)


平田(岐阜) (ひらた)

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