三条京極屋跡(読み)さんじようきようごくかがりやあと

日本歴史地名大系 「三条京極屋跡」の解説

三条京極屋跡
さんじようきようごくかがりやあと

鎌倉幕府が設置した洛中警備のための武士詰所の一。「吾妻鏡」暦仁元年(一二三八)六月一九日条に「為洛中警衛、於辻々、可篝之由被定」とみえる。四八ヵ所あったという(太平記)が、この篝屋が当初からあったかは不明。嘉禎四年(一二三八)五月二四日の関東御教書案(東寺百合文書)には「為洛中守護、可被居置武士於縦横大路之末ニ候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む