生祥学区(読み)せいしようがつく

日本歴史地名大系 「生祥学区」の解説

生祥学区
せいしようがつく

およそ北は三条さんじよう通、南は四条しじよう通、東は寺町てらまち通、西は富小路とみのこうじ通にわたる旧学区。江戸時代は、下古京の南艮組の新シ町と、三町組の新シ町であった。

名称は、明治五年(一八七二)下京五区から下京五組(明治一二年)、下京第五学区(同二五年)を経て昭和四年(一九二九)生祥学区。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む