三条殿町(読み)さんじようどのちよう

日本歴史地名大系 「三条殿町」の解説

三条殿町
さんじようどのちよう

上京区一条通六軒町東入

町のほぼ中央を南北六軒町ろつけんちよう通が、東西に一条通が通る。

天正一九年(一五九一)豊臣秀吉により現烏丸今出川からすまいまでがわ付近にあった三条殿屋敷さんじようどのやしき町などが千本一条せんぼんいちじよう付近に移された。しかし、近世初期の寛永一四年(一六三七)洛中絵図にはみえず、「北野土居松原」が町域の南にみられる(→烏丸町

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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