三浦家文書(読み)みうらけもんじょ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「三浦家文書」の意味・わかりやすい解説

三浦家文書
みうらけもんじょ

周防(すおう)国仁保荘(にほのしょう)(山口市仁保)の地頭(じとう)であった平子氏(のちに仁保氏を称す)に伝えられた古文書系図では桓武(かんむ)平氏三浦氏を始祖としており、江戸時代には三浦を名のっているので、これを三浦家文書という。1197年(建久8)から江戸初期に至るまで182通の文書が残されているが、守護大内氏に従い、さらに毛利(もうり)氏に従って活躍する室町・戦国時代のものが中心を占めており、この時期の政治史、社会経済史を研究するうえで貴重なものである。三浦氏は江戸時代には長州藩士となり明治に至っている。『大日本古文書 家わけ14』所収。

[外園豊基]

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