三見浦(読み)さんみうら

日本歴史地名大系 「三見浦」の解説

三見浦
さんみうら

[現在地名]萩市三見 三見浦の大部分、および三見 河内かわち・三見浦・蔵元くらもと明石あけいし飯井いいの各一部

三見村の北、日本海に沿う磯浜で、北西海上に浮ぶさば島を含む。西は大津おおつ三隅みすみ(現三隅町)から東は玉江たまえ浦の間の海は三見浦の海で、磯浜の分は浦方、地続き山の分は三見村地方である。浜崎宰判に属した。

「地下上申」(元文五年分)で三見村から分れて三見浦となる。総石高六四石余、うち浦屋敷石五石余、海上石五九石余。戸数五七軒、人口二一九人(男一〇二、女一一七)、ほかに船二五艘、大敷網代場が三ヵ所あった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む