三重野村(読み)みよのむら

日本歴史地名大系 「三重野村」の解説

三重野村
みよのむら

[現在地名]臼杵稲田いなだ 中尾なかお門前もんぜ井上いのうえした堂籠どうごもり田崎たさきはやし

藤河内ふじがわうち村の南、熊崎くまさき川の中流右岸に位置する。慶長二年(一五九七)臼杵庄検地帳写(渡辺家文書)に村名がみえ高三五六石余、うち田方一五九石余・畑方一九七石余、村位は中。同一一年の惣御高頭御帳では藤ヶ川内村組に属し同高、うち五八石余は稲葉通孝領。寛永一一年(一六三四)の郷村高付帳(臼杵藩政史料)では井村組に所属、のち藤河内組に属した(万用集)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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