上冬原村(読み)かみふゆばるむら

日本歴史地名大系 「上冬原村」の解説

上冬原村
かみふゆばるむら

[現在地名]緒方町上冬原

冬原村の南、徳田とくだ川上流域東岸にある。「豊後国志」には冬原上下二村がみえ、江戸時代後期に冬原村から分村したとみられる。天保郷帳では同村に含まれるらしく、旧高旧領取調帳では高二〇四石余。安永七年(一七七八)には冬原組に属した(大庄屋・小庄屋・横目一覧「農民一揆」所収)。西方萩尾はぎお(四二五メートル)山頂加納かのう(かなが城ともよばれる)は、「豊後国志」では城主未詳とあるが、鎮西八郎為朝支城とも伝えられる(続緒方町誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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