上勢頭(読み)かみせいど

日本歴史地名大系 「上勢頭」の解説

上勢頭
かみせいど

[現在地名]北谷町上勢頭

伊平(いへい)地区東の石灰岩丘陵台地にある。もとは屋取集落で、北は野里(ぬざとう)村(現嘉手納町)、東は越来(ぐいーく)間切山内(やまち)村(現沖縄市)、西は下勢頭(しちやしーどう)に接する。ウイシードゥまたはカミシードゥとよばれた。勢頭(上勢頭・下勢頭)の士族は勢頭七組(稲嶺組・勝連組・喜友名組・佐久川組・瑞慶覧組・田仲組・与那覇組)と通称される小屋取を形成し、うち佐久川組(下勢頭の屋取を形成)を除く六組が上勢頭の屋取集落を構成した。勢頭七組の組名は最初に寄留した人の家名に由来する。寄留時期については一七〇〇年から一八〇〇年頃とする説(北谷村誌)、稲嶺組が一八世紀初頭、勝連組が一八世紀中頃、瑞慶覧組が一八世紀初頭、田仲組が一七世紀頃とする説(上勢頭誌)の二説がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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