上塩冶村(読み)かみえんやむら

日本歴史地名大系 「上塩冶村」の解説

上塩冶村
かみえんやむら

[現在地名]出雲市上塩冶町・塩冶神前(えんやかんまえ)四―六丁目・医大南町(いだいみなみまち)一―三丁目・塩冶町南町(えんやちようみなみまち)三―五丁目

神戸(かんど)川中流右岸にあり、西は下塩冶村、南は馬木(まき)村。中世には神東(じんとう)村とよばれたといわれ、近世には塩冶村となり、慶長一四年(一六〇九)の塩冶村畑方検地帳が残る。正保国絵図に塩冶村とみえる。慶安二年(一六四九)以前に天神(てんじん)村を分離し、同四年の塩冶村御検地帳では田方一三二町四反余・分米一千九七九石余、畑方六三町五反余・分米五〇三石余、屋敷数八四(うち役目屋敷五五)とある。元禄十年出雲国郷帳では塩冶村の高三千三一〇石余、寛文四年(一六六四)の本田高三千一三石余・新田高六三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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