上庄(読み)かみのしよう

日本歴史地名大系 「上庄」の解説

上庄
かみのしよう

阿努(あぬ)庄のうち上庄(かみしよう)川上流地域をさすと思われる。寛正四年(一四六三)一二月一八日の神保長誠書下状(遺編類纂所収東岩蔵寺等文書)によれば、越中国上庄は京都南禅寺慈聖院領で、神保長誠により検断等諸公事が免除されている。天文一五年(一五四六)三月一五日の新蔵人織綱禁制(西念寺文書)によれば、現赤毛の西念(あかげのさいねん)寺は上庄に属していた。天正一三年(一五八五)七月四日、前田利家は阿尾右衛門入道に対し、降伏の条件として「朝日山の下川きりニ、かたをほうしに右の相浦くつろをさかい、上庄可進候」などを提示している(「前田利家書状」前田育徳会蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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