上志津村(読み)かみしづむら

日本歴史地名大系 「上志津村」の解説

上志津村
かみしづむら

[現在地名]佐倉市上志津・中志津(なかしづ)一―二丁目・同四―七丁目・上志津原(かみしづはら)・西志津(にししづ)一―八丁目

井野(いの)村の南および西に位置し、東は下志津村。北部を成田道が東西に通る。古くは下志津村と一村であったとみられ、慶長一九年(一六一四)の東金御成街道覚帳に志津村として高三八〇石、普請間数二〇間。旗本川郷(川口)領であった。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では上志津村として高一五九石余、旗本上杉領。翌一四年に佐倉藩領になったとみられ(享保元年「佐倉藩領知郷村高辻帳」田辺家文書)、幕末まで同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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