上杉庄(読み)うえすぎのしよう

日本歴史地名大系 「上杉庄」の解説

上杉庄
うえすぎのしよう

上杉系図(寛政重修諸家譜)によれば、建長四年(一二五二)勧修寺重房が宗尊親王に供奉して鎌倉に下向した際、丹州上杉庄を賜ったのでこれより上杉を氏としたという。上杉家文書には上杉氏の所領として「八田郷」「八田本郷」「八田郷上村」などがみえ、上杉庄はこのいずれかに含まれていたと思われるが、荘域は明らかでない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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