上杉禅秀乱(読み)うえすぎぜんしゅうのらん

精選版 日本国語大辞典 「上杉禅秀乱」の意味・読み・例文・類語

うえすぎぜんしゅう‐の‐らんうへすぎゼンシウ‥【上杉禅秀乱】

  1. 応永二三~二四年(一四一六‐一七)、上杉氏憲(禅秀)が鎌倉公方足利持氏に背いて起こした乱。持氏との不和から関東管領を辞した氏憲は、将軍義持の弟義嗣や持氏のおじ満隆とはかって、一門姻戚の千葉、岩松武田足利満貞、山入与義などとともに、応永二三年一〇月鎌倉に持氏を襲った。幕府駿河の今川範政らに持氏救援を命令したので、翌年正月、氏憲、満隆らは鎌倉雪下に自殺し、翌年足利義嗣も殺された。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む