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足利満貞 あしかがみつさだ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

足利満貞
あしかがみつさだ

[生]?
[没]永享12(1440).6.
室町時代前期の武将。氏満の子。稲村御所ともいう。応永6 (1399) 年,兄満兼の命で奥州支配のため陸奥稲村に下る。一時関東支配を夢みたが,のち戦死。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

足利満貞 あしかが-みつさだ

?-1439 室町時代の武将。
足利氏満の子。応永6年奥州支配のため兄の3代鎌倉公方(くぼう)足利満兼によって岩瀬郡稲村(福島県)に派遣され,稲村御所とよばれた。幕府と鎌倉公方の対立がふかまるなか,甥(おい)の4代鎌倉公方足利持氏(もちうじ)を支持したが,幕府軍に攻められ,永享11年2月10日鎌倉で自害した。

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朝日日本歴史人物事典の解説

足利満貞

没年:永享11.2.10(1439.3.24)
生年:生年不詳
室町時代の武将。稲村公方。鎌倉公方足利氏満の子,満兼の弟。応永6(1399)年,兄満兼の命で兄弟の満直(篠川公方)と共に奥州に下向し,稲村に居を構えて稲村公方と称した。鎌倉府の奥州経営を担うべき立場にあったが,その勢力は奥州南部におよんだにとどまり,永享1(1429)年には満直と対立して敗れ,その後鎌倉に帰った。永享の乱では鎌倉公方足利持氏と行動を共にし,鎌倉永安寺で自殺した。

(山田邦明)

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世界大百科事典 第2版の解説

あしかがみつさだ【足利満貞】

?‐1439(永享11)
室町中期の武将。第2代鎌倉公方(くぼう)足利氏満の子。1399年(応永6)陸奥国岩瀬郡稲村に派遣されて稲村御所となる。同時に同国安積郡篠川(ささがわ)に兄弟である満直(みつただ)が遣わされ篠川御所となり奥羽支配の支柱となる。上杉禅秀の乱以後,幕府と鎌倉府との対立が激化すると両御所も分裂し,満貞は鎌倉府,満直は幕府方として抗争する。満貞は応永末年には鎌倉に帰り,永享の乱で足利持氏とともに自殺する。【伊藤 喜良】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

足利満貞
あしかがみつさだ
(?―1439)

室町中期の武将。稲村御所(いなむらごしょ)。鎌倉公方(くぼう)第2代氏満(うじみつ)の子。同3代満兼(みつかね)の弟。1399年(応永6)陸奥(むつ)国岩瀬(いわせ)郡稲村(福島県須賀川(すかがわ)市稲)に下向し、鎌倉府の南奥州支配の一翼を担う。1430年(永享2)までの30年間に発給した文書が25点残存しており、それらからみると、奥州管領(かんれい)の権限を行使している。稲村、篠川両御所の南奥州支配は、仙道(せんどう)地域の国人層の一揆(いっき)結合のうえに行われたが、上杉禅秀(ぜんしゅう)の乱(1416)から永享(えいきょう)の乱(1438)への過程で両御所は分裂し、満貞は持氏(もちうじ)を支持する。1438年鎌倉に至り、翌1439年(永享11)持氏とともに自殺した。[平田満男]
『『福島県史 第1巻』(1969・福島県) ▽『須賀川市史 第2巻』(1973・須賀川市教育委員会)』

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世界大百科事典内の足利満貞の言及

【稲村御所】より

…室町時代奥州に置かれた政治機関およびその当主足利満貞を指す。1399年(応永6)足利満貞が陸奥国岩瀬郡稲村に下向し,ここを鎌倉府の奥羽支配の拠点としたことによる。…

【篠川御所】より

…室町期の鎌倉府が奥羽両国を統治するため,陸奥国安積郡篠川(笹川,佐々河)に整備した足利一族の居館。1391年(元中8∥明徳2)暮れから両国併管を認可された鎌倉府では,99年(応永6)春,第3代関東公方足利満兼のとき,弟の足利満貞,足利満直を岩瀬郡稲村と篠川に配置し,両国を掌握しようとした。これを稲村御所,篠川御所という。…

【陸奥国】より

…旧国名。奥州。現在の福島県,宮城県,岩手県,青森県の全域と秋田県の一部。
【古代】
 東山道に属する大国(《延喜式》)。《延喜式》の規定では35郡を管し,国府は多賀城(現,宮城県多賀城市)にあった。その設置は他の諸国と同様,大化改新(645)後あまり時を経ない時期と思われるが,当時は〈道奥国(みちのおくのくに)〉と記し,読まれた。この〈道奥国〉という命名は他の諸国の国名とは趣を異にし,東海・東山2道の奥すなわち最末端に位置する国という意味である。…

※「足利満貞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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