上村嶺【かく】国墓(読み)じょうそんれいかくこくぼ

百科事典マイペディア 「上村嶺【かく】国墓」の意味・わかりやすい解説

上村嶺【かく】国墓【じょうそんれいかくこくぼ】

中国,河南省三門峡市上村嶺にある西周末〜春秋初の【かく】国貴族の墓地。1956年―1957年に234基の墓が発掘され,その中には【かく】国太子の墓と考えられるものもある。他に3基の車馬坑と1基の馬坑も発見されている。副葬品には,規模品目等身分上の差異が認められ,社会制度を知る上の資料となっている。鼎(てい),【き】,豆(とう),壺,鬲,武器類,楽器などの銅製品,陶質明器,玉類などがあった。

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