上林庄(読み)かんばやしのしよう

日本歴史地名大系 「上林庄」の解説

上林庄
かんばやしのしよう

綾部市の東北部、由良川上流域および支流上林川流域に比定される。

地名初出は寿永三年(一一八四)四月一六日付平辰清所領寄進状案(東寺百合文書)で、丹後国大内(おおうち)郷(現舞鶴市)の東限として「丹波国何鹿郡八田上林」と記される。上林とは「和名抄」の賀美(かみ)郷・拝師(はやし)郷にあたる地域ではないかと考えられている。

荘名の初見は寛喜元年(一二二九)の関東下知状(神護寺文書)である。

<資料は省略されています>

これによれば初め上林庄は山城神護(じんご)寺(現京都市右京区)領であったと思われるが、南北朝期には少なくともその一部が相国(しようこく)寺(現京都市上京区)領となっていたことが「空華日工集」にみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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