上梶屋村(読み)かみかじやむら

日本歴史地名大系 「上梶屋村」の解説

上梶屋村
かみかじやむら

[現在地名]鹿本町梶屋かじや

内田うちだ川の右岸にあり、東は同川を挟んで菊池郡瀬戸口せとぐち(現七城町)、北は石淵いしぶち村、西から南は玉名たまな小島おしま村・上中富かみなかどみ村・下梶屋村と接する。貞和四年(一三四八)一二月七日の足利尊氏下文案(詫摩文書)で菊池武宗に宛行われた「千田庄重富名南加治尾等内、田畠在家地頭職養父武成跡半分」の「加治尾」は梶屋と推定され、同月二五日には右の地頭職に対する高師直の施行状(同文書)が出されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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