上津郷(読み)うわつごう

日本歴史地名大系 「上津郷」の解説

上津郷
うわつごう

中世の佐用さよ庄内の郷。佐用郡東部では千種ちくさ川を古くは上津川とよんだという。江戸期に佐用さよ(現佐用町)から美作道の佐用さよ坂を越えた下徳久しもとくさ村を上津村と称し(「安永大成道中記」島根県立図書館蔵)、また同村の南の米田よねだ村も「上津郷」と冠されており(米田八幡神社の延宝四年本殿棟札)千種川上流域、現下徳久・米田を含む一帯と推定されている。応永一六年(一四〇九)九月四日の足利義持御判御教書(赤松春日部文書)に佐用庄上津方とみえ、室町幕府将軍足利義持は赤松次郎満則が亡父頼則から譲られた当地ほかの所領を安堵している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 さよ くさ

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む