上田芳憧(読み)ウエダ ホウドウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「上田芳憧」の解説

上田 芳憧
ウエダ ホウドウ


職業
尺八奏者(上田流)

本名
上田 喜一

生年月日
明治25年 9月26日

出生地
大阪

経歴
上田流尺八の流祖。14歳で初世中尾都山に入門。大正1年には現在の大師範に相当する師範の位と、竹琳軒の冠称を許された。のち自作曲の公演をめぐり師の不信を招き破門。6年に上田流を開流。100曲にのぼる上田流本曲を作曲して基盤をつくった。

没年月日
昭和49年 12月29日 (1974年)

家族
息子=上田 佳道(上田流宗家)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「上田芳憧」の解説

上田 芳憧
ウエダ ホウドウ

明治〜昭和期の尺八奏者(上田流)



生年
明治25(1892)年9月26日

没年
昭和49(1974)年12月29日

出生地
大阪

本名
上田 喜一

経歴
上田流尺八の流祖。14歳で初世中尾都山に入門。大正1年には現在の大師範に相当する師範の位と、竹琳軒の冠称を許された。のち自作曲の公演をめぐり師の不信を招き破門。6年に上田流を開流。100曲にのぼる上田流本曲を作曲して基盤をつくった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の上田芳憧の言及

【尺八】より

…都山流は創始者自身の活発な活動とさまざまな新工夫によって短年月のうちに広まり,大正年間以後は琴古流と並んで尺八楽の二大流派となっている。この都山流から1917年に上田流(流祖は初世上田芳憧)が大阪で分派独立し,また,同じ年にやはり大阪で,宗悦流の別系統から竹保(ちくほ)流(流祖は初代酒井竹保)が生まれた。 以上,琴古,都山,上田,竹保の4流が近代尺八楽として一般化している流派であるが,そのうち琴古流は古曲本曲と外曲を曲目とし,他の3流は外曲と各流独自の新しい本曲(一部の古典本曲も含む)を曲目としている。…

※「上田芳憧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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