上神増村(読み)かみかんぞむら

日本歴史地名大系 「上神増村」の解説

上神増村
かみかんぞむら

[現在地名]豊岡村上神増

天竜川の下流域左岸に位置し、北は下野部しものべ村。中世神蔵かんぞうとよばれた。松平忠頼領郷村帳に村名がみえ、高一一〇石余で畑一三町八反余。ほかに山手米一石・山札京銭三貫五〇〇文。浜松藩領国領組に所属する。正保郷帳によると田方二〇石余・畑方八九石余。別に原新田・山新田・河原新田・野方があった(正保三年「免定」上神増区有文書)。寛文一一年(一六七一)検地があり(同文書)、元禄郷帳では高一一八石余。寛政元年(一七八九)などの水害田畑が一時皆川成となったが、文政一一年(一八二八)までに三四石余起返し(天保七年「起返願書」同文書)、天保七年(一八三六)頃までには村前河川敷での新田開発もあって七九石四斗九升余を回復(同文書)、天保郷帳の高二〇〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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