上糸生村(読み)かみいとうむら

日本歴史地名大系 「上糸生村」の解説

上糸生村
かみいとうむら

[現在地名]朝日町上糸生

越知おち川流域の糸生谷に位置する。中世には京都北野神社領があったという(福井県史)。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では伊藤いとう郷に含まれた。正保郷帳に村名がみえ、田方二七七石余・畠方一〇三石余。初め福井藩領、元禄一〇年(一六九七)葛野藩領、のち幕府領となり、享保五年(一七二〇)鯖江藩領。同六年丹生郡乙坂組村々明細差出帳写(三留区有文書)によれば、家数九五(本百姓七八・水呑一七)、人数男一九三・女一七三、牛一〇・馬三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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