上茅津村(読み)かみかいづむら

日本歴史地名大系 「上茅津村」の解説

上茅津村
かみかいづむら

[現在地名]会津坂下町開津かいづ

西をみや川、東を阿賀川が北流し、北は中茅津村、南は和泉いずみ(現北会津村)。もと萱津村のうちで、上・中・下の茅津村のなかではいちばん古く開発されたと思われる。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に上海津とあり、高四六七石余。寛文五年(一六六五)の「稲河領牛沢組郷村万改帳」では本田高四六七石余・新田高六石余、免四ツ二分七厘余、家数三〇、竈三七、男八六・女六五、馬二一、小物成に綿役・糠藁・足前・河役・葭役があり、「古ハ鶴沼河ニテイクリ舟ヲ操リ、雑喉・川戦ヲ取ルコトナシ、然トモ役ヲハ出ス」と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む