上道川村(読み)かみみちかわむら

日本歴史地名大系 「上道川村」の解説

上道川村
かみみちかわむら

[現在地名]匹見町道川

匹見川の最上流域にあたり、赤谷あかだに川が同川に合流する出合原であいばら集落が中心。北東は安芸国東八幡原ひがしやわたばら村・西八幡原村(現広島県芸北町)方面へ通ずる。積雪は多く一メートル以上も珍しくない。中世疋見ひきみ郷のうちで、享禄五年(一五三二)九月二八日の三隅興兼避渡状(益田家文書)に道河とみえる。元和五年(一六一九)の古田領郷帳に道川村とみえ、高二二八石余、年貢高は田方四四石余・畑方一〇石余。その後道川村は上下に分村し、正保四年(一六四七)の古田領郷帳では上道川村として高一三一石余、有高一二九石余で免二ツ三分。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む