上野山八幡宮(読み)うえのやまはちまんぐう

日本歴史地名大系 「上野山八幡宮」の解説

上野山八幡宮
うえのやまはちまんぐう

[現在地名]福栄村大字紫福 京仏

紫福しぶき南西紫雲しうん(三三七メートル)の南麓に鎮座。応神天皇・神功皇后・市杵島姫命・田心姫命・多紀津姫命を祀る。旧郷社。

「注進案」によれば、大同二年(八〇七)豊前宇佐うさ(現大分県宇佐市)より勧請し、名匠竹田番匠によって八棟造の神殿を造営したという。享徳三年(一四五四)四月一一日付の内藤道行書状(三浦家文書)には、当社の灯油免畠のことについて道行が地頭仁保弘有に願い出たことが記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む