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道行 みちゆき

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

道行
みちゆき

ある目的地に達するまでの過程を表現する日本の文芸,芸能上の特殊な表現形式。文芸では,旅の途上の景を,旅する人の心情を交えて流麗な文章で綴るもの。『平家物語』の東下りなど。舞楽では,楽人が楽屋から舞台へ登場するまでの間に奏される楽をさし,『太平楽』の「道行」に『朝小子 (ちょうこし) 』という曲が用いられる。

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百科事典マイペディアの解説

道行【みちゆき】

女物の和服用コート。胸を四角にあけ,細い衿(えり)をつける。この衿型を道行衿ともいう。単(ひとえ)仕立てのちりよけもあるが,春秋や冬には外出・旅行用として袷(あわせ)仕立てにする。

道行【みちゆき】

日本の文学・芸能で,場所の移り変り,目的地までの道程,時間の推移を表現するために地名を次々と詠みこむ形式。文学では《平家物語》の〈海道下り〉が典型的。人形浄瑠璃では中心的場面となり,《曾根崎心中》のように男女の心中の道行が多いが,悲劇でないものもある。

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朝日日本歴史人物事典の解説

道行

生年:生没年不詳
飛鳥時代の僧。新羅僧ともいう。天智7(668)年,草薙剣を盗んで新羅に逃げようとしたが,途中風雨に遭い帰った。こののち,草薙剣は朱鳥1(686)年6月に宮中から尾張国(愛知県)熱田社に移されたと『日本書紀』にある。しかし道行が盗んだとき,剣が宮中にあったのか,熱田社にあったのかについては説が分かれている。

(若井敏明)

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世界大百科事典 第2版の解説

みちゆき【道行】

語彙としてはすでに《万葉集》に見えるが,一般的には,道を行くこと,また旅することをいう。日本文学や芸能では,二つの固有な使い方がある。一つは,旅の途次の地名を次々と詠み込む表現形式であり,〈道行文〉といわれる。いま一つは,宗教行事や芸能に関連して,行道(ぎようどう)時に奏する音楽や歌謡を名づけて〈道行○○〉という。表現形式としての道行は記紀にも見られるが,盛んに用いられるのは,平安末期以降,中世の文学・芸能においてであり,たとえば,今様では,目的地までの時間的経過が感じられる表現となっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

道行
みちゆき

日本の文学・芸能・音楽における用語。人が旅をして、ある目的地に着くまでの道程を、次々と地名と特色のある風景を詠み込んで表現する形式で、早く記紀歌謡『万葉集』にもみえる。語物では『平家物語』や『太平記』にある「海道下(かいどうくだ)り」の形式が後世の規範になった。曲舞(くせまい)の『東国下(とうごくくだ)り』『西国下(さいごくくだ)り』が有名。芸能の分野では、伎楽(ぎがく)、舞楽(ぶがく)、延年(えんねん)、能、狂言、民俗芸能などに広く「道行」の名称と、それに伴う特殊な音楽や演技がある。能では、ワキが旅をして目的地に着くまでの道中を表現し、序段における重要な部分になっている。説経節や古浄瑠璃(こじょうるり)にも道行の形式はみられるが、とくに近松門左衛門によって世話浄瑠璃の道行が創造されると、旅する人物の心情を描く傾向が強く表現されるようになる。『曽根崎(そねざき)心中』以後、男女の心中行と道行とが結び付き、叙景と叙情との混然とした、哀艶(あいえん)切々たる美しい詞章が生みだされた。
 人形浄瑠璃では一作中にかならず道行の一場を設定し、数挺(ちょう)の三味線を伴奏に、華やかに演じられる。浄瑠璃の道行は原則として、時代物の場合は五段構成のうちの四段目の口(くち)、世話物の場合は三巻構成のうちの下の巻に置かれた。歌舞伎(かぶき)舞踊では、義太夫(ぎだゆう)物の道行のほかに、清元(きよもと)、常磐津(ときわず)など豊後節(ぶんごぶし)系統の浄瑠璃を地とする道行が多数つくられ、「道行物」と名づける一ジャンルを形づくっている。道行には、心中のための道行のほか、死を前提としない男女の恋の道行、親子・主従による道行などもあり、人数も2人とは限らず、まれにではあるが1人あるいは3人以上によるものもつくられている。道行舞踊の代表的なものは、義太夫節の『道行初音旅(はつねのたび)』(吉野山)、『道行旅路の嫁入』(八段目)、『道行恋苧環(こいのおだまき)』(お三輪(みわ))、『道行菜種(なたね)の乱咲(みだれざき)』(吾妻与次兵衛(あづまよじべえ))など、豊後節系で『吉野山道行』(富本(とみもと)・清元など)、『道行旅路の花聟(はなむこ)(落人(おちうど))』(清元)、『道行浮塒鴎(うきねのともどり)(お染(そめ))』(清元)など。[服部幸雄]

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世界大百科事典内の道行の言及

【熱田神宮】より

…これが当社の起源であるという。確実な史料としては,668年(天智7),新羅の沙門の道行というものが,ひそかに神剣を盗み帰国しようとしたが,風波に吹きかえされたとあり,それより神剣は皇居にとどめられることになったが,686年(朱鳥1),天武天皇の病にさいし,神剣のたたりによるものといわれたので,ふたたび熱田に送りかえしたとある《日本書紀》の記事である。その後,奈良時代には目立った記事はなく,社格も低かったが,807年(大同2)に,斎部広成が当社を例幣にあずからしめるよう請い,822年(弘仁13),従四位下を授けられ,859年(貞観1)正二位,そののちついに正一位に昇叙された。…

【駆落】より

…一般には婚姻に関して相思の男女が相伴ってひそかに他所へ逃げることをいう。演劇の用語をかりて江戸時代には道行(みちゆき)ともいった。婚姻の成立には,当事者の合意だけでなく当該社会の承認が必要であり,そのまず第一は双方の親,親族などの承認を得るのが一般である。…

【義太夫節】より

…以上の各場は作曲,演奏の上でやはり区別される。(2)段物と道行・景事 劇的性格のつよいふつうの曲を段物という。通常太夫,三味線各1人ずつで演奏し,ときに三味線がさらに加わるツレ弾きや,箏,胡弓などが部分的に加わることもある。…

【景事】より

…義太夫節も掛合で演奏し,段物浄瑠璃と違った独特の音遣い,きれいな三味線の音色をきかせる。広義には,道行をも含むが,普通は区別している。また,普通の段物浄瑠璃中にも,一部分が景事とおなじ音楽性を示す場合がよくある。…

【舞楽】より

…舞楽では中心となる舞曲(当曲(とうきよく)という)のほかに必ず舞人の登・退場のための音楽を必要とし,このほか曲によっては序奏や間奏曲,あるいは当曲自体が数楽章に分かれるものなどいろいろあるが,これらの楽章と,舞人の登・退場,演舞の関係が唐楽と高麗楽とでは異なる。唐楽では当曲の前後に,これとは別個の調子の品玄(ぼんげん)・入調(にゆうぢよう),各種の乱声(らんじよう),乱序(らんじよ),道行(みちゆき)などの登・退場楽をもつものがほとんどであるのに対し,高麗楽では《高麗乱声(こまらんじよう)》という登場楽をもつものが数曲ある以外は,ほとんどの曲が当曲の間に登場,演舞,退場するという簡素化された形をもつ。その代り,舞人が楽屋にいる間に奏される序奏曲に関しては,高麗楽ではほとんどの曲が各種の音取(ねとり),小乱声(こらんじよう),納序(のうじよ),古弾(こたん)などの序奏をもつのに対し,唐楽では序奏をもつものは数例にすぎない。…

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