上開田村(読み)かみかいでむら

日本歴史地名大系 「上開田村」の解説

上開田村
かみかいでむら

[現在地名]マキノ町上開田

西の知内ちない川対岸は牧野まきの村、東端仲仙寺ちゆうせんじ山がある。もと開田庄のうち。慶長五年(一六〇〇)佐久間安政(元和二年以降信濃飯山藩)領、寛永一五年(一六三八)幕府領、慶安四年(一六五一)徳川綱重(寛文元年以降甲斐甲府藩)領となる。宝永二年(一七〇五)幕府領となり、享保九年(一七二四)以降大和郡山藩領。寛永石高帳に高五九九石余とあり、慶安高辻帳では田方四六一石余・畑方四五石余・永荒九二石余、ほかに小物成米六斗余・銀二匁。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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