日本歴史地名大系 「下万呂村」の解説
下万呂村
しもまろむら
- 和歌山県:田辺市
- 下万呂村
[現在地名]田辺市下万呂
慶長検地高目録によれば村高六六五石余。江戸時代初期の田畑面積は四六町余、うち田が七割。以降灌漑工事および新田開発が行われ、宝暦一〇年(一七六〇)までに池二ヵ所(総面積二七町余)が造られ、新田畑八町余の増加をみた(宝暦一〇年「三栖組差出帳」田所文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶長検地高目録によれば村高六六五石余。江戸時代初期の田畑面積は四六町余、うち田が七割。以降灌漑工事および新田開発が行われ、宝暦一〇年(一七六〇)までに池二ヵ所(総面積二七町余)が造られ、新田畑八町余の増加をみた(宝暦一〇年「三栖組差出帳」田所文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...